甲子園球場へ署名活動に行きました。電車は小、中学生の野球少年と父兄、高校生で寿し詰めでした。球場附近には遠方からのバスが何台も並んでいます。入場門の近くでたくさんの人出に大喜びで声をかけ廻りました。秋田から来た高校生たちや応援の親子が次々と書いて下さり、ヤルキ満々の刻に土産店の人から「ここは禁止区」と叱られ、バス通りへ移動しました。ここは人通りもまばらで、くじけそうになりました。が、(ハチドリの一滴)の積重ね。と皆で気持を切替え、ここで出来る事をさせて頂くことにしました。そうするうちに除々に往来の人も増え、バス待ちの列も出来ました。国連総長、米、英、仏の要人出席の広島長崎原爆記念式典。核なき世界への誓い。老令の方には戦後の苦労の事などゆっくり語りながら署名して頂く事が出来ました。移動したお陰さまです。
出会いの中で印象に残った方の言葉です
戦争で一生の一番楽しいはずの刻を無駄に過させられた。勉強も出来ず(欲しがりません 勝つまでは)と、お洒落もせず、空腹を水で騙す毎日だった。私の青春を返して欲しい。
◎ 10才の男の子
買物帰りの親子に声をかけました。お母さんは「今日は長崎原爆記念日ですね」とすぐ書いてくれました。「ボクもお願い」と言うと「なんで?」「アフリカの子供が遠い所まで歩いて濁った水を汲み、飲んでいるのをテレビで見たことない?」「ある」「ゴミの山から拾って食べるの見たことない?」「ある」「そんな子をどう思う?」「かわいそう」「そうよね。救けたいよね」「どうしようかな」と思案中。「おばちゃんの背中を読んで」「あなたの署名が命を救う」「ね。ボクの名前が一人を救うのよ」「分かった」と力強い字で丁寧に書いてくれました。「賢いですね。納得するまで考える。立派に育てられましたね」「いいえ、そんな。でも署名の字が読めたのにはびっくりしました。皆さん頑張って下さい。よろしくお願いします」
幼い頃から子の成長の節々で大切な事柄を教え、考える環境を築いてこられたのだと感心し、(お願いします)にも署名を預る大きな責任を感じました。家族が語り合い、家が斉う。斉家を身をもって教えて頂きました。人との出会いは学ぶことばかりです。感謝です。